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テレビ番組での『中野腐女シスターズ』をめぐる「腐女子論争」に思う――このままだと私たち滅んじゃう気がする with都条例問題もちょこっと


Category: 表現規制問題   Tags: ---
 今日は日曜日でした。
 こんな私でも社会に生きている以上はいろいろな人間関係があるもので、都内で所用を済ませて帰宅し、何とはなしにPCに向かってツイッターを眺めていたら、気になるツイートがいくつかまとまって流れてきました。
 『さんまのスーパーからくりTV』(TBS系)にアイドルグループ「中野腐女シスターズ」が登場した際、番組内での「腐女子」という言葉の使い方が間違っていたというのです。

 もともと、「腐女子」という言葉は、男性同士の恋愛を扱ったマンガや小説、アニメなどを好む女性を指す言葉とされています。
 ところが、番組内では「腐女子」=「オタクな女子」という、本来より広い意味で「腐女子」という言葉の意味が解説されたとのこと。
 ツイッター上では、「BL好きじゃないタダのオタクな女子まで『腐女子』にされたら迷惑だ」とか、「テレビのせいでまた間違った意味で言葉が広がってしまう」とか、さまざまな声が出ていました。

 その中で、ちーけんには一番目についたのが、このような種類のツイートです。

「そもそも腐女子なんて名乗って陽の当たる場所に出てるのがおかしい」
「腐女子は日陰でひっそり生きるべきなのに、テレビで扱われたりしたら、目立ってしまう」
「俺たちのことは放っておいてくれよ」

 なぜこのような感想が頻出するかというのは、自分たちが「腐っている」という自覚がある人間には自明のことですが、よく知らない方もいるかもしれないので(…そんな人がこのブログを読んでるかという気はしますが)、さらっと解説しておきましょう。

 なぜ「腐女子」という存在が日陰者でなければいけないとされるかは、「腐女子」が楽しむ対象と関連しています。
 第一は、そもそも男性同士の恋愛がメイン要素であるBL作品やJUNE系と呼ばれるものを愛好している以上、いまだ社会的には大っぴらに公言しにくい趣味であるのだから、「腐女子」はひっそりと自分たちだけで楽しむべきだという考え方です。
 かつて医学的にも「異常性欲」とされた同性愛は、現在では人間の自然な愛のひとつであるという認識が学術的にも定着していますが、社会的にいまだ差別がなくなったとは言いがたく、またBLやJUNEという作品ジャンルについては、実在のゲイの人たちからも「あれが現実の同性愛を描いたものと思われては困る」という批判も提起されていたりして、なかなか複雑です。
 しかし、「腐女子」および「腐女子」が愛好するBLやJUNEといった系統の作品はひっそりと楽しむべきだという意識が、「腐女子」の中の一般的な認識として存在していることは間違いないでしょう。

 第二に、「腐女子」が深く関係する「二次創作」という分野とも強く関連してきます。
 上で触れたBLやJUNEといった作品ジャンルは、基本的には作者がオリジナルの設定で書き上げた完全なフィクションですが、それとは別に、「腐女子」が愛好する男性同士の恋愛をメインに扱った作品のジャンルとして、「二次創作」と呼ばれるものがあります。
 「二次創作」とは、既存の一般向け商業マンガ――例えば、週刊少年ジャンプに掲載されている『ワンピース』や『BLEACH』や『テニスの王子様』といった作品に登場する男子キャラたちを勝手に同性愛関係に見立てて、彼らを主人公にした男子同士の恋愛マンガや小説を創作して楽しむ作品ジャンルのことです。
 もちろんジャンプに掲載されるマンガの中で本当に男子キャラたちが恋愛関係に陥ることはありえませんが、ストーリーの中で出てくる「先輩-後輩」関係や「ライバル」などの関係にある男子2人を、そこから一歩発展させた恋愛関係にあると妄想し、そのような男子同士の恋愛ストーリーを「二次創作」することで、「腐女子」としての自らの嗜好を満足させることになります。
 この場合、第一の場合とは違って、法的な意味合いも出てきます。
 ジャンプなどの一般誌に掲載されているマンガの原作者の意に添わないかもしれない、男子キャラたちの恋愛マンガ、小説を勝手に「二次創作」することが著作権法上、はたして許されるのかという問題です。
 実際、98年には『ポケットモンスター』のピカチュウをメインに「二次創作」した同人誌サークルが、京都府警に逮捕されるという事件も起きました。
 この事件については、京都府警による捜査、立件が妥当であったのかという点について問題点が多く指摘されていますが、事件自体は大きく報道され、世間を騒がせました。
 これらの経緯も踏まえ、「腐女子」および「腐女子」が愛好する作品ジャンルについては、世間に極力見えない形で楽しむべきであるという認識が、「腐女子」の世界に広く存在するようになったといえましょう。

 しかし、ちーけんは以前からこのような考え方には疑問を持っていました。

 もちろん賛成できる部分もあります。
 積極的に自分たちの趣味や自分たちの存在を世間に言う必要はないということについては、特段反対するつもりはありません。
 実際、ちーけん自身、BLも「二次創作」も大好きですが、この趣味を自分の会社周りの人間には一切明かしていませんし、言うつもりもありません。
 それは、「腐男子」であることを公言することでいろいろな面倒くさいことが起きるだろうという気持ちもありますし、その点ではわざわざ面倒事を進んで背負う必要もないだろうと思うからです。

 しかし、社会の側が、「腐女子」「腐男子」およびそれを取り巻く作品世界に興味を持ち、何らかの形で接触を試みた場合、一切それに取り合おうとせず、ひたすら息を潜めて見つからないように見つからないようにとその手をやり過ごそうというのは、今現在の「腐女子」「腐男子」のあり方として正しいものとは思えないのです。

 そもそも、「腐女子」「腐男子」を取り巻く世界は、そうしたものが誕生した80年代、90年代に比べて大きくなりすぎました。
 それは出版されるマンガや小説の出版点数、部数などから見た商業的な意味でもそうですし、「腐女子」および「腐女子」を取り巻く作品群が生み出したものがそれ以外の分野に波及して取り入れられたという意味での文化的な視点においてもです。
 単純な話、小さな街の本屋さんですら、今ではBL本の棚が大きな面積を占めているわけで、この状態で、社会の目を逃れようとすることは無駄な努力です。
 今や息を潜めてさえいれば社会が放っておいてくれる、自分たちだけでひっそりとBLや「二次創作」ジャンルの作品世界を楽しんでいられるという時代はとっくに過ぎています。

 それがもっとも大きな形で現れたのが、昨年12月の「東京都青少年健全育成条例」改正問題でした。
 この「改正都条例」は、マンガなどの創作物に、実質的に新たな表現規制を課すものです。
 最初に都議会に条例改正案が提出されたのは昨年6月でしたが、一度は廃案に追い込んだものの、結局半年後の昨年12月に再提出され、都議会民主党が賛成に回ったために可決・成立しました。
 この時、ネット上では「腐女子」「腐男子」をふくむオタク界の人びとの反対運動が盛り上がったかに見えましたが、それが実際の政治運動につながらず、ネット上で声を挙げるだけに終わったことが、最終的に「改正都条例」の成立を許すことになった――というのが、当時の状況についての現在の一般的な評価かと思います。

 しかし、これは統計があるわけではないので、ちーけんの個人的な評価になりますが、ネット上ですら、「改正都条例」に反対の声を挙げる「腐女子」「腐男子」の数は決して多くはなかったというのが、当時を思い出してのちーけん自身の感想です。
 このことをどう考えるか。
 ちーけん自身は、こうした人たちの根底には、「現実社会からの接触は、やり過ごしてさえいればいい」という、前述の一般的な「腐女子」「腐男子」たちの共通認識があるのだろうと、当時から考えていました。

「改正都条例? 成立したら何だか大変そうだけど、一切BL本が読めなくなるってわけじゃないんでしょ? 都がそういう条例を作るっていうなら、もうどうしようもないよ。成立したら成立したで、その中でまたひっそり楽しんでいればいいじゃん…」

 誤解していただきたくないのは、こうした“やりすごしの美学(?)”を信奉することが間違っているという考えで、ちーけんがこのようなことを言っているわけではないというところです。
 実際、この“やりすごしの思想”はこれまで長い間、オタク及び「腐女子」「腐男子」が生きる知恵として十分に効果的でした。
 しかし、もうその思想が通用するには、オタクの世界、そしてとくに「腐女子」「腐男子」を取り巻く商業世界は大きくなりすぎてしまったのです。
 今や“やりすごしの美学”は、滅びの哲学に転化しようとしています。
 現実社会の側が、これまでは目に入っていなかった「腐女子」「腐男子」という存在およびそれを取り巻く作品世界の存在に気付き、そしてそれを見過ごすには大きすぎるものと認識するようになり、単なる「なんか不気味…」「よくわからない」「変わってる人がいるんだね」という雰囲気を押しつけてくるだけでなく、法律や条例といった強制力を持つ社会制度によって、我々の世界に接触してこようとしているのですから。

 そう考えれば、“やりすごしの思想”を今までどおりに貫徹しようとすることは、自分たちの身の安全を図るどころか、我々の存在自体を危うくすることに他ならないことがわかります。
 今や、「腐女子」「腐男子」は陽の当たる場所に出たくないなどと言っているヒマはなく、社会の側からのそのような圧力には、自分たちから太陽の下に出ていってでも、対抗しなければならないのです。

 昨年の夏コミで、評論家の吉本たいまつ先生が出された評論同人誌『腐男子にきく2。』が出た際、たいまつ先生のご依頼で、当時まだ現在進行形だった「改正都条例」問題についての短い対談をしました。

たいまつ「つくづく思いますが、腐男子も腐女子も、もう政治には無縁じゃいられなくなっちゃいましたね」
ちーけん「まさに政治の季節です。ずっとおたくは非・政治的であることが特徴でしたが、なぜかというと、権力がそこまで我々に注意を払っていなかったからですよね。今は権力に目をつけられてしまったので、政治意識を持たないといけないですよね」

 このような考え方には、旧来の“やりすごし思想”からは反論があるかもしれません。
 最初のほうで書いた「二次創作」についての解説のところでも触れましたが、現在の「二次創作」というジャンルについては、原作品の著作権との関係で、登場するキャラクターたちを勝手に利用した同人誌を発行することは法的にはグレーゾーンに置かれています。
 だからこそ、「目立たぬようにひっそりと」活動することが重要だとされてきたわけですが、声高に「腐女子」「腐男子」としての声を挙げることは、そうした“既得権”すら失う結果につながるんじゃないのかと。

 しかし、これについてもちーけんはずっと思っているところですが、現状がそうしたグレーゾーンの中でのお目こぼしとでも言うべき状態で生きながらえているとしても、もし本当にこうした「二次創作」が法的に許されないことであるのならば、それは遅かれ早かれ存在できなくなるのです。
 「今」「たまたま」「まだ」活動が許されているだけで、駄目なものはどうやったって駄目です。
 それよりも本当に必要なのは、「二次創作」を正当なパロディによる表現活動として位置づける活動であるはずです。
 もちろんこれには現実的にも、また法的にも大変な困難がありますが、他に道はありません。
 「改正都条例」が成立し、ますます創作の自由が奪われるなかで、「じっとしてさえいれば…」という考え方は、緩慢な自殺に他なりません。
 次に来る表現規制は、現状に鑑みれば「児童ポルノ法」の二次元キャラクターへの適用だと思われますが、これが現実となった場合の「腐女子」「腐男子」およびオタク界への破壊力は、「改正都条例」の比ではありません。
 マンガやアニメにおける18歳未満のキャラクターによる性的表現が一切許されなくなるのですから。

 『さんまのスーパーからくりTV』という一般向けの人気番組で「腐女子」という言葉が扱われ、その意味をめぐって論争が巻き起こったことは、本当に今の状況を象徴しているように、ちーけんには思われます。
 繰り返しますが、「腐女子」「腐男子」は、社会の側からの接触を断つことはもうできませんし、そのような社会の側からの接触を「面倒くさい」と思っていることは、自分たちの存在する世界を危うくするのです。
 自分の世界を守るのは自分でやるしかないという当たり前の考えを、“やりすごしの思想”に代わる新たな共通認識として「腐女子」「腐男子」が持たねばならない時期が来てしまったのです。

 ぶっちゃけ、もし「児童ポルノ法」が改正されて、BLマンガやエロマンガの所持すら許されなくなり、ちーけんのところにまで捜査の手が及んで逮捕されるような事態になったとしたら、ちーけんは喜んで実名で報道されることを望みます。
 実在の児童を扱った児童ポルノは別にして、二次元キャラクターによる性的ファンタジーをプライベートに楽しむことが「罪悪」だとは法的にも倫理的にもまったく思っていないからです。
 それは、自分の会社周りの人間に「腐男子」であることが知られるとちょっと面倒くさいなというのとはまったく別次元の話です。
 自分が好きなことを理由に逮捕され、それが「罪悪」だと思えないのならば、後は戦うしかないからです。

 いよいよ「改正都条例」も施行の時期が近づいてきました。
 条例が都議会で成立してから半年、残念ながら、BL系出版社の多くは相変わらずの“やりすごし思想”に立ち続けているように、一読者であるちーけんの目には映ります。
 以前の記事でも書きましたが、すでに「表示図書」の制度がある男性向けエロマンガのジャンルに比べ、BL本においては、「成人向け」というジャンルが設定されないままに性表現を含んだ創作物が流通している現状があります。
 何か方策を打ち出さねば、「改正都条例」施行によってもっとも現実的な打撃を被るのはBLジャンルです。
 これも以前の記事で書いたとおり、すでに各地でBL本は「有害指定」され始めている現状を、出版社サイドはどのように考えているのでしょうか。
 もう、“次の戦い”はすぐそこまで来ているのに。

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Comments

 
政治活動はもういいよ
 
 
初めましてこんにちは。いつも分かりやすく説明してくださるので楽しく拝見させて頂いてます。その通りだと思います。
先日も児童ポルノ単純所持規制を促すニュースがありましたし、君が代斉唱拒否した先生の上告が棄却されてしまいましたね。
この二つは関係ないようで無関係ではないですね。 やはり私のまわりも気持ち悪いから悪いやつらは早く規制したほうがいいと言っていました。

そのうちにそういう考えはおたくでも腐女子でも人と違う考え方をする人は石を投げられと思います。(泣)


一部の権力拡大に利用されるということが実感しました。
ただでさえ景気悪いのに天下り団体の資金調達に利用されても、経済が萎縮して税収が減るというのがわからないでしょうね。(笑)

出版社側にもさらに規制が進まないように規制法を分かりやすく載せて知らせて下さいと手紙を書いてみようと思いました。 まだまだ世間的にも知られていないだろうし、載せたくらいで腐読者は離れないと思うのです。









 
 
アンタって姦直人くせーんだよね。
典型的なサヨク思想だな。
 
 
ちーけんさんの何処がサヨクだ?
肉屋を支持する豚は、黙ってろ。
 
一点だけ 
おおむね同意ですが、
「性的なものを扱っている」という点においてどうお考えでしょうか。

腐女子という単語が独り歩きすることによって「腐女子」なんかカッケー!みたいな風潮があるように思えます。
しかし、BLというのは「男性同士の恋愛」そして「性愛」がテーマでもあります。
(その割合を考えれば「友情のこじれ程度もあるよ!」ですまないのはおわかりでしょう)
それを中高生、はては小学生までが好んで読みブログやツイッターのプロフ欄で「腐女子です」とまるでそれがステータスのように書く。

めちゃくちゃ偏った見方で言いかえると
「私は中高生だけど、男性同士のえっちしてるの妄想してます!だいすきです!」
となるわけです。

・・・それってイイことなんでしょうか。
それを「わかったから隠れてろよ」と言うのは違うんでしょうか?
これに対して日本女性の奥ゆかしさはどこいったとか、変な言い方はしませんけれども、少なくとももうちょっと節度があってよいと思うのです。
 

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