ネクラで眼鏡でキモオタな優等生は“受け”るとイイよ!

委員長、地味な真面目くん、オタク少年…そんな“優等生受け”BLが大好きな腐男子のブログです~。

 

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韓国出張の思ひ出… ソウル&板門店、写真付き旅行記


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 今日は日曜ということで、久しぶりに近所のスポーツクラブ行って運動してきましたよ。
 会費の割に全然行ってないという(笑)。
 疲れたけど、いい汗かいた~。
 とみに体力減退を感じる今日この頃、それは韓国出張の際も痛感したのでした。
 というわけで、以下の記事は、冒頭に書いてあるとおり、韓国帰国前に時間を縫って書いていたものですが、結局帰国までに書き終わらず放置してあったものです。
 もったいないので(?)、写真も添付しつつ、先ほど終わりまで書き上げてみました~。
 お暇な方がいらっしゃったらお付き合い下されば嬉しいかぎりです!

**********

 みなさん、こんばんは~。
 この文章は、ソウル・金浦空港の出発ロビーで搭乗待ちの時間を利用して書いています。
 あと1時間半ほどで韓国ともお別れです。
 空き時間を利用して、ざざっと今回の韓国出張の思い出など書き連ねて、自分の日記にさせていただこうと思います。
 お暇な方だけお付き合いくださいませ!

 今回の旅行中、一番印象的(?)だったことは…。
 5~6回にわたり、韓国の人から道ばたで何か物を尋ねられたことです。
 おいおい、いくら俺がチャン・ドンゴンとかイ・ビョンホンにそっくりだからって、そりゃないだろうという。
 …すいません、やめてー! 石を投げるのはやめてー!(笑)
 ブログ主はこれまでどちらかというと「顔が中国人みたい」と言われ続けてきたのですが、意外に韓国の人っぽい顔らしい(?)ことが今回判明したわけでした。、
 でも、手には「地球の歩き方」を抱えて、あからさまに旅行者風だったと思うんですけれど(笑)。
 そんなにこっちの人っぽく見えるのかなぁ。
 そのたびに、「アイム・ジャパニーズ! イルボネ(日本)、イルボネ!」と叫んでは難を逃れたのでありました(笑)。

 今回の韓国行きで、ぜひ行きたいと思っていたのが北朝鮮との軍事境界線である北緯38度線です。
 残念ながら、有名な板門店はこの旅行期間中に見学可能な日がなく、訪れることができませんでした。
 代わりに、38度線を挟んで南北に幅2キロずつ設けられている「非武装地帯(DMZ)」を見学するツアーに参加してきました。
 同行の偉い方も訪問を希望されていたので旅程に組み込むことができたのですが、当日は珍しく天気がよく、イムジン川を挟んだ向こう側にある北朝鮮の街がとてもよく見えました。
 翻る北朝鮮の国旗や、監視所からこちらを睨んでいる北朝鮮人民軍の兵士。 

この線より前で写真を撮ってはいけないと言われたので、こんな後ろからの写真になってます。向こうに見えるのが北朝鮮の村々です。    

 今までテレビや新聞で報じられる中でのみ知っていた民族分断の現場に接したわけですが、感想をいえば、これはやはり北朝鮮側にも入ってみないとよくわからんな、と(笑)。
 どうしても、上っ面を撫でただけで終わった感は否めませんです。
 ただ、都羅山というところにある「統一展望台」からは、韓国と北朝鮮を結んでいる道路と、京義線という鉄道の線路がとてもよく見えるんです。
 どちらも悲しいほどまっすぐに両国の間をつないでいます。
 今は一般人の通行はもちろん制限されており、きれ~に道や線路が伸びているのに、その上は普段何も通ってないわけです。

北朝鮮へ伸びる線路です 

 それだけにいつの日かここを人や物資が自由に往来する日が来るといいな~と、ブログ主は小学生並みの感想を持ちました(笑)。
 本来は人や車であふれているべき道路や線路が何も通らないまま放置されている絵というのはもの悲しく、いろいろな思いを呼び起こすものがありました。

 このDMZツアーでは、70年代に相次いで発見された、北朝鮮が韓国侵攻を目論んで掘り進めてきた「トンネル」を見ることができます。
 38度線の向こうから、地下100メートルあたりをずんずん掘り進んできたもので、現在までに4本が見つかっているそう。
 今回見学した第3トンネルは中でも最大級のものでして、3万人の完全武装した兵士が1時間以内に韓国側へ侵入できる規模だそうです。
 この第3トンネル、実際に中に入って地底まで行けるんですよ。

トンネル入り口の案内所。トンネル内は撮影禁止のため、写真はここまで。 

石碑の後ろに見える斜めになった屋根が、トンネルへの降り口。 

 なかなかできない経験なのでブログ主も楽しみにしていたのですが、いやー、辛かった。
 こ、腰が…(笑)。
 トンネル内の高さがところどころ低くなってまして、場所によっては170センチ以下なんです。
 ブログ主は身長181センチなので、もうずっとかがみっぱなし。
 中腰で200メートル以上歩かされて、もう死ぬかと(笑)。
 同行の偉い取引先のご夫婦は小柄なので難なく歩かれてましたが、いやもう本当に途中で引き返そうかと思いました。

 じつは、行く前にトンネルと聞いて嫌な予感はしてたんですよ。
 かつて、ベトナムに行ったときに、北ベトナム軍がゲリラ戦用に掘った「ツチ(←地名)のトンネル」を見学したんですが、これもベトコンのゲリラの皆様が対米軍用にアリの巣のように張り巡らしたものなので居住性とか生活性なんて微塵も考えられてなく、ものすごくトンネル内の高さが低かったんです。
 かがむってか、しゃがみながら歩くみたいな(笑)。
 当時、今よりもブログ主の腰はヤバイ状態だったので、あのときは文字通りこのまま死んだ方がマシというような思いをしてトンネル内の見学を果たしたのでした。
 だから、今回ももしや…とは思ってたんですけどねぇ。
 やっぱり悪い予感が当たってしまったのでした(笑)。

この辺りは非武装地帯の中なので、南北どちらの開発も許されず、野生動物の楽園になってます。森もうっそうと… 

 それにしても、こういった各所を回るとですね、ガイドさんの説明の中に自然と「日本の侵略によって…」とか「日本の植民地時代には…」とかいう言葉が出てくるわけです。
 正直、こーゆー時にどういうリアクションを取ればいいのか迷いますね(笑)。
 へらへら笑って聞き流すわけにもいかないし、深刻に「うんうん」とか頷くのもわざとらしいし。
 ツアーで一緒だった日本のオバサマ方は「あらー」とか「まあー」とか何ともいえない相づちを打たれてましたが、たしかにそんなリアクションしか取りようがないんですよね。
 これは今後の課題です(笑)――個人的な。
 韓国併合、創氏改名など、かつて日本が韓国に大きな関与をしたことは動かせない歴史的事実なわけで、それに対してどのような歴史的評価を持つかは人それぞれだとは思いますが、歴史を知らないということだけは罪だなぁと思ったブログ主でした。
 …すいません、また小学生みたいな感想で(笑)。

 今回はかなり年上の方との同行出張ということもあって、観光は歴史遺産が中心でした。
 ブログ主もそーゆーのは好きなほうなのでかなり嬉しかったのですが、ソウル及びその近郊には、ユネスコに登録された世界遺産が3つあります。
 ソウル市内に、かつて韓国国王の王宮だった「昌慶宮(チャンギョンクン)」があり、そのすぐ側に、韓国の歴代国王の位牌が納められている「宗廟」があります。
 そして、ソウルから特急電車で30分のところに、城壁で囲まれた街全体が世界遺産に指定されている歴史都市「水原(スウォン)」があります。

昌慶宮の正殿。名前忘れました(笑)。後ろが山という風水に則った土地です。 

歴代国王の位牌が収められている宗廟。年に1回、王族の子孫が集まり、祭儀をやるそう。 

 世界遺産好きのブログ主は、どれも見学するのをかなり楽しみにしていたのですが、感想から言うと、うーん、ちょっと期待はずれでした(笑)。
 とくに、昌慶宮や宗廟は、「え、こんなものなの!?」と肩すかしを食らう感じで…。
 いやにあっさりしてるんですよね。
 こぢんまりというか。
 どうしても、お隣の中国のどでかい世界遺産と比べてしまうからでしょうか。

 韓国の歴史遺産に接した時のこの肩すかし的な感覚は、世界遺産だけではなくて、最終日に市内の国立中央博物館を訪れたときも感じました。
 世界でも6番目に大きな敷地を誇るという、06年に開館したばかりの大きな博物館でかなり期待して行ったのですが…。
 なんでしょうね、もちろん展示してあるのは韓国が誇る国宝を中心に重要なものばかりで決してつまらないわけではないんですが、なんというかケレン味がないんですよね。
 おどろおどろしさとか、人を驚かすような余計な迫力というか、そんなようなものが(笑)。

 3月に行ったトルコ・イスタンブールの国立博物館なんか、ものすごくでっかい怪物像とか、変な顔したフェニキア人の石像とか、山と積まれた黄金とか、どの展示物からもケレン味が溢れまくってて、「うおー、イカスぜ!」という感動がありましたし、中国の紫禁城でも始皇帝陵でも「でけえな、おい!」という驚きがありましたが、韓国の世界遺産や国宝たちは、とても綺麗で美しいのですが、そんな迫力がありませんでした。
 整然とした美しさはあるんですけどね!

 思うに、日本が飛鳥朝、奈良朝には中国皇帝の冊封体制から脱し、言い換えれば中国皇帝の臣下であることを拒否して、対等な独立国としての外交を始めたことにくらべて、韓国はその前身である李氏朝鮮が、日本でいえば明治時代のころまで中国に朝貢(=貢ぎ物を捧げること)を行い続けた国でした。
 国際法的には、李氏朝鮮という国は、独立国ではあるものの、あくまで中国(清朝)の属国だったわけです。
 島国である日本が地政学的にも中国の支配から逃れやすかったことにくらべ、大陸と地続きである朝鮮の歴代王朝は、近代に至ってもそのくびきから逃れられなかったゆえ、そのような地位に甘んじていたわけですが…。

 実際、李氏朝鮮は最後の最後まで国内での政争が激しく、そのたびに宗主国である清(中国)に助けを求めたりということが続いた国でした。
 そんなところを日本につけ込まれて、結局は日韓併合に至ってしまったわけですが、日本の植民地になる前の李氏朝鮮においては、毎年、中国皇帝からの使いが朝鮮国王のもとを訪れ、国王はその前では膝を屈さねばならなかったわけです。
 だとすると、宮殿とか仏像とかも、そんなにド派手なものは作れなかったのかしら!? というのが、今回実際に韓国の世界遺産を見学してのブログ主の考察ですが、いかがでしょーか(笑)。
 ほら、清朝の使いが来たときに、あんまりすごいものとか作ってると、「属国のくせに生意気」とか思われちゃうのを恐れたとか…。

 また、文明は周辺国によく残るといわれますが、朝鮮最後の王朝である李氏朝鮮は儒教発祥の地である中国以上に儒教を国教として尊んだ国でして、お国柄としてとっっっっても保守的なんですね。
 政治とは君子が行うもの、そして君子とは貴族階級のことであり、農民や商人などは卑しいもの…という、ある意味過激なまでの儒教思想が貫徹されていた国ですから、どうもそんな社会からは革命的な芸術とか思想は生まれにくかったのではなかったのかしらとも、今回実際に韓国を訪れてみた思いました。
 その証拠(?)というわけでもないでしょうが、国立中央博物館で、ブログ主の目が唯一惹きつけられたのは、朝鮮が中国の支配を実質的に脱していた高句麗時代に花開いた「高句麗青磁」のコーナーでした。
 「青磁」とは翡翠のような青色を身にまとった磁器のことですが、これは掛け値なく素晴らしいものでした…。
 あの緑とも碧ともいえない美しい肌を持った磁器は、中国でも生み出すことのできなかったもので、一瞬で目を奪われます。
 高句麗は、朝鮮半島を初めて統一した王朝(でしたよね)でして、朝鮮半島はこの間、中国の支配を逃れ自由を謳歌してまました。
 そんな時だからこそ、自由革新の気風も横溢し、こーゆースゴイ物が生まれたのではないかと!
 ところが、再び朝鮮の国力が衰え、中国の冊封体制下に復帰した李氏朝鮮において生み出された物ものは、どうもブログ主の目を惹く物がないというか…。
 ブログ主がつたない英語を駆使してチケットを取った韓国国鉄の特急「ムグンファ号」に乗って訪れた世界遺産都市・水原も、街をぐるりと囲む城壁を2時間かけて大部分を歩いてみたんですが、ここもやはりもう一迫力ほしかったなぁと思いました…。 

世界遺産都市・水原のランドマーク「八達門」(パルダルムン)。  

 水原(スウォン)は李氏朝鮮後期の王様が首都を移そうとして作った城壁都市なんですが、貴重だし美しくはありますが、やっぱり枠を飛び出す力強さが感じられないんです。
 やっぱり、同じような城壁が残っている中国・西安(長安)とかと比べると、かなりのスケールの小ささを感じてしまいます。
 のんびりしていいところなんですけどね!

街全体を城壁がぐるりと…。クルマも通っちゃうよ。 

 ちなみにこの水原からの帰りの鉄道では、ちょっとしたトラブルがありました(笑)。
 まず第一のトラブル。
 城壁をぐるり一周して駅に戻った我々一行は、じゃあご飯食べてソウルに戻りましょうということになり、ブログ主がとりあえず1時間半ぐらい後のソウル行き特急「ムグンファ号」の切符を買うことになったんです。
 何度も何度も書いてるとおり、ブログ主の英語は大変つたないんですが、この時はそのありったけの能力を駆使して、窓口のお兄さんに「アット・ツー・テン、ムグンファ・エクスプレス・トゥー・ソウル
! スリー・パーソン!」と絶叫し、通訳しますれば、2時10分のムグンファ号ソウル行きを3人分切符くれ! と叫んだわけですな(笑)。
 で、切符買えたんでよかったよかったと思ったんですが、駅のレストランで同行のご夫婦とメシ食ってるときにヒョイと切符を確認したら、全然違ってたんです…。
 ブログ主は2時10分の特急って言ったのに、切符を買った直後に出発する特急の切符を買わされてました~。
 なので、レストランで切符を見たときには、とっくにその特急はもう出てたという(笑)。
 つまりはブログ主の英語が全然通じてなかったというわけですな!
 もう払い戻しもきかないし、というか、そんなことを交渉する英語力もないので、泣く泣く切符をドブに捨てたんですが、新しく買い直した切符で、今度は第二のトラブルが発生したのです…。

 いよいよメシも食い終わったブログ主一行は、あらためて2時10分の特急「ムグンファ号」ソウル行きを予約して、20分前からホームで待ってたんです。
 そこはムグンファ号専用のホームでして、2時5分ぐらいに、たしかに車体に「ムグンファ・エクスプレス」と書かれた特急が滑り込んできたんですよ。
 異国の言葉のわからない駅で電車を待ってるというのは、とても不安なものでして、ブログ主もホッとしつつ、「おお、これだこれだ」と乗ってみてびっくり。
 ブログ主たちの予約したはずの席に、別の人間が座っているではありませんか!
 つたない英語で「イッツ・アワー・シート!」とかブログ主が抗議したんですが、座ってる韓国の人は「違う、俺の席だ!」と言うんですね。
 で、お互いにつたない英語で話し合って、ようやくわかりました。
 間違えていたのはブログ主たちのほうだったことが(笑)。

 なんかですね、電車が遅れてたらしいんですよ。
 で、ブログ主たちが「これだ!」と思って乗ったムグンファ号は、なんとびっくり一本前の特急が遅れてきたものだったらしいんですな!
 でも、韓国国鉄はですね、これが驚異的に英語の電光掲示板とか表示が少ない鉄道でして(ハングルばっかり)、全然そんなアナウンスとか掲示はなかったんですよ。
 だから乗るまでまったく気づきませんでした。
 だって、2時10分の特急を待ってて、2時5分に電車が来たら「これだ!」って思いますよねぇ(笑)。
 というわけで、もうあきらめて、空いてた席に勝手に座りました。
 どっちにしろソウルまで行くならいいやと…。
 そしたら、本来は一本前のこの特急はなんとソウルまで行きやがらなかったのです(笑)。
 一つ前の龍山(ヨンサン)駅が終点の特急だったのでした…。
 しょうがなくブログ主一行は、そこからタクシーに乗ってホテルまで戻ったのでした。
 いやあ、気疲れした!!!

 あ、最後にこれ書いておかないと。
 先ほど、韓国の世界遺産は正直ちょっと肩すかしでしたと書きましたが、世界遺産に指定されていないものの中には、いくつかブログ主の心を揺らしてくれるものがありました。
 ソウル市内の中心部にある、李氏朝鮮の正宮跡である「景福宮」(キョンボックン)は、なかなか雄大で気に入りましたですよ。
 遺産とかって、パッと見たときに、その前にしばし佇んで過去に思いを馳せてみたいなぁと思わせてくれるものが、ブログ主には「いい遺産」なんですが(笑)、「景福宮」には何カ所かそういう場所がありました。

景福宮の宴会場。とっても綺麗。 

 うろ覚えですけど、韓国のマンガ家さんが書いたマンガで「キョンボックン」ってのが日本でも売ってましたよね?
 読んだことないんですけど。
 たしか、庶民の女の子が王家に嫁いじゃっててんやわんやみたいなストーリーじゃなかったかと思うんですが、たぶんこの「景福宮」が舞台なんだろうなぁと、ちょっと見てみたくはあった場所でして、その意味でもなかなか満足でした。

 えーと、あとはカジノの話とか、ホテルがスイートルームになった話ぐらいなので(笑)、それについては先週アップしたこちらの記事でご確認いただければ…。
 それでは、上では触れなかった場所の写真などを以下にアップして、本記事を終わらせていただこうと思います~。

DSCF4608.jpg 
非武装地帯の一般人立ち入り禁止区域の手前にもうけられている、南北離散家族たちのための掲示板(?)。南北分断後、一度も会えてない肉親へのメッセージが連なってます。

DSCF4603.jpg 
その側で展示されている、朝鮮戦争で破壊された機関車の残骸。長らく、非武装地帯(DMZ)に放置されていたのが、最近、歴史遺産としてこのように展示されることになったそう。

DSCF4639.jpg 
昌慶宮の中の「興福軒」。歴代の王や王妃の住居として使われていた場所ですが、日韓併合の際、ここまで日本軍の将校、兵士が押し入り、国王に併合条約への署名を強行した場所だそうです。

DSCF4637.jpg 
ちょっとわかりにくいですが、昌慶宮の中でも有名な「青瓦」の建物。大統領官邸「青瓦台」と何か関係あるんでしょーか(笑)。

DSCF4646.jpg 
「悲劇の王妃」として名高い、李方子・朝鮮王妃が晩年まで暮らしていた部屋。方子妃は、日本の皇族・梨本宮の王女でしたが、朝鮮国王との政略結婚でソウルに移り、戦後もここで暮らした人。ちなみに夫婦仲は大変よかったそうです。

DSCF4628.jpg 
先頃亡くなられた金大中元大統領と、北朝鮮の金正日総書記の歴史的な会談で、両国を結ぶ鉄道・京義線の運行再開が合意された際に作られた韓国最北端の駅「都羅山駅」。現在は、南北関係の緊張により、鉄道の運行はストップしてます。

DSCF4626.jpg 
で、駅の中に入ると、「平壌行き」のホームが…。再びこの鉄道で北に行けるようになる日が来るんでしょうか。

DSCF4671.jpg  
最初に泊まった「ウェスティン朝鮮ホテル」の部屋。汚くてすいません(笑)。ベッドの左隅に、「とらのあな」の紙袋に入れて韓国まで持って行ったBL小説が見えますよ(笑)。 


DSCF4678.jpg 
世界遺産都市・水原(スウォン)の城壁。街をぐるりと取り囲んでます。


DSCF4691.jpg 
ずっと城壁をぐるりと歩いていく途中にある名物の大鐘。1000ウォン(90円くらい)で3回撞かせてもらえます。

DSCF4689.jpg 
城壁の一番高いところに登って(ほとんど登山)、水原市内を望む。

DSCF4711.jpg 
超ラッキーなことに予約した部屋が満室で代わりに宛がわれたスイートルーム。手前がリビング、奥がベッドルームです。広かった~(笑)。

DSCF4714.jpg 
で、そのスイートルームの窓からの長めが絶景かな、絶景かな(笑)。ソウルを貫いて流れる漢江です。

DSCF4716.jpg 
さすがスイート、テレビが2つも!

DSCF4715.jpg 
トイレに電話もついてたよ。

DSCF4695.jpg 
景福宮(キョンボックン)の正殿。もちろん国宝。手前の広場に並んでる石碑みたいなものの正体は…。

DSCF4696.jpg 
これ、広場に朝鮮王朝の重臣が並ぶときに、「えーと、正八位の階級の人はココね」という目印なんです(笑)。さすが階級社会。

DSCF4707.jpg 
ここも綺麗だった景福宮の奥の庭園です。

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